「新自由主義」って、言葉の使い方、紛らわしいよ!!
何年か前から、「新自由主義の破綻」とか、「新自由主義の終焉」とか、よくいってたりするんだけれども、
どうも、さっぱり、意味が分からないでいた。
「新自由主義」って?、いったい何のことをいってんのか!?
でも、なんで、そういうことになるのかは、謎である。
こういう混乱は、もともと、libertarianism、neoliberalismという、まったく違った二つの言葉に、どちらも「新自由主義」って訳語をつけちまったことから来てるみたいだ。
「新自由主義」っていうから、僕はてっきり、
戦後のリベラリズム全盛のときに、アダム・スミスらの古典的自由主義の復権を主張してた人たちのことと思ったんだけど・・・。
たとえば、ハイエクはすでに戦時中から、社会主義的民主主義=リベラリズム=全体主義を激しく批判していて、
1944年、『隷従への道』を出版している。
『隷従への道』という意味は、
政府が市場に恣意的な介入をするのを許したら、われらは、全体主義にいたる「隷従への道」を歩むことになる、ということである。
政府による、市場への介入は、拡大の一途をたどるのが宿命である、とハイエクはいう、そして、やがてそれは市場という自生的秩序を破壊しつくし、われらを全体主義へと導くことであろう、と。
ここでハイエクのいう「全体主義」というのは、あの、時代がかった、紋切り型の「全体主義」ではない。
ハイエクの「全体主義」は、民主主義のすぐ隣りに身を潜めている、あれである。
普通に暮らす人々は、まったく気づかないのだろうが、たとえば、「福祉国家」の理想を実現するために進められる諸政策が、
その一つひとつは別段、全体主義的でも、独裁主義的でもないのに、
それらすべてが寄り集まると、結果として、きわめて全体主義的な体制が、構築されてしまう・・・。
戦後の一時期において、労働党政権下のイギリスは、みずからの自由の伝統を葬り去ってしまい・・・・・・基幹産業の国有化、莫大な社会福祉と重税、インフレと生産性の低下、赤字財政、官僚主義・・・・・・と、「隷従への道」を邁進していたのであった。
・・・だから、この「隷従への道」を断ち切るために、政府による恣意的な介入を、けっして許さないよう、「法の支配」を確立しておかなければならない、とハイエクはいうのである。
1947年4月、ハイエクは、みずからと志を同じくする39人の自由主義者たちを、スイスのモン・ペルランに招待する。
ここに、「古典的自由」の復権、マルキシズム、ケインズ主義との闘争を目的として、モンペルラン協会が設立されたのであった。
この39人の中には、カール・ポパー、フォン・ミーゼス、ミルトン・フリードマンらもいた。
「新自由主義」=lebertarianism とは、モンペルラン協会に集まった自由主義者たちの思潮を、総称して、こういったのであった。
だから、「新自由主義」という、一貫した政治・経済思想が存在していたわけではない。方法論や思想において、異質な者たちもたくさんいたのだ。
ところで、グリーンスパンの拡張的な金融政策の失敗をもって、「新自由主義の終焉」とかいうのは、やっぱり変だ!!
たしかに、フリードマンは、晩年には、グリーンスパンの金融政策を賞賛していたらしい。
けれども、フリードマンだけが、「新自由主義」ではない!!
ハイエクもフリードマンも、金融市場を律する公正なルールの必要については一致いたのだけれども、
フリードマンとは違って、ハイエクは、グリーンスパンのやったような、裁量的・拡張的な金融政策には、最後まで反対し続けた。
それに、そもそも、「新自由主義」とかいうと、何かのイズムのようだけれども、そういうわけではない。
すでに1990年頃までには、ケインズ経済学は、「新自由主義」のフリードマンらの経済学の特殊な場合として、吸収されてしまっていて、
だから、いまの世界経済というのは、
1.経済の動きは市場に委ね、政府は、市場が円滑に機能するように、公正なルールを整える。2.景気変動については、金融政策で対応する。
という、すぐれて「新自由主義」的・古典的自由主義的な経済原則にしたがっている。
モンペルラン協会が、libertarianismであって、liberalismでないのは、
すでに当時から、自由主義を意味するlilberalismという言葉には、社会主義的自由主義=修正自由主義=リベラリズムの悪臭がぷんぷん漂っていたので、
誤解を恐れて、わざわざlibertarianismという言葉を使ったのだった。
(ハイエクは、自分をlibertarianism とは、いわなかった。)
これに「新自由主義」の訳語をあてたのは、『隷従への道』の訳者の西山千明さんらしい。1970年代からのことで、「新自由主義」の語は、libertarianismの訳語として、その後、20年以上も定着してきていた。
ところが、2005年にだされた、ハーヴェイという人の本に、”A
neoliberalismとは、1.70年代に、チリのピノチエトの独裁政権で、フリードマンの弟子たち=Chicago Boys を迎えて行った、経済の自由化(?)、80年代における、2.イギリスのサッチャー政権の一連の経済政策(国営企業の民営化、規制緩和、社会保障制度の見直し、金融ビッグバンなど)、3.アメリカのレーガン政権の経済政策(規制緩和、大幅な減税、その他)などのことをいってるようだが、これが、90年代の、アメリカのクリントン政権以降、世界中に広められていったのだという話だ。
でもね、これって、それぞれが筋の違う経済政策を、一緒のneoleberalismってパッケージに詰めて出荷しちまった感じで、どうもすっきりしない。
ピノチェトの経済自由化にいたっては、前政権を引き継いで、銅山は国有化したまま、共産主義的な農地改革もそのままだったりで、どこまで本当に「自由化」したのか、疑わしいしね。
それにしても、neo・libralismだから、「新・自由主義」だっていうのも、かなり安易な訳語に思えるけど、少なくとも、西山さんに対しても、学会に対しても、誠意を欠く態度であるのはたしかだよね。先人に対する敬意ってものが、まったく感じられないよ。
この「誤訳?」・・・考えられるのは、ひとつは、モンペルラン協会のlibertarianismを知らなかった、あるいは、西山さんが「新自由主義」の訳語をあててることを知らなかった、無知であったことである。
いまひとつ、そんなこと百も承知で、わざわざ「新自由主義」と訳した可能性もあるように思う。
要するに、neoliberalismとは、librtarianismとは無関係か、せいぜいが、その派生物・庶子・できの悪い放蕩息子にすぎないのに、
これらを、「新自由主義」ということで一緒くたにして、
libertarianismの背後にある古典的自由主義・・・ヒューム、スミスから、バークを経てハイエクにまでいたる、正統な自由の系譜・・・をも、
すべてを台無しにしてしまおうという、すぐれて左翼的な魂胆なのであるにきまっている!!
いま、ここに生きる、僕たちにも、
モンペルラン協会(のようなもの)が、
必要であるらしい!!




















by kobutatu
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