<< 2009年09月
123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930

「新自由主義」・・・って、紛らわしいヨ!!

2009/09/30 23:01

 

「新自由主義」って、言葉の使い方、紛らわしいよ!! 

 

何年か前から、「新自由主義の破綻」とか、「新自由主義の終焉」とか、よくいってたりするんだけれども、

どうも、さっぱり、意味が分からないでいた。

 

「新自由主義」って?、いったい何のことをいってんのか!? 

 

 これって、「市場原理主義」って左翼言葉とほぼ同義語で使ってるみたいなので、どうやら、FRBのグリーンスパンがやった、拡張的な金融政策の失敗のことをいってるらしいのだけど・・・。

でも、なんで、そういうことになるのかは、謎である。

 

 

こういう混乱は、もともと、libertarianism、neoliberalismという、まったく違った二つの言葉に、どちらも「新自由主義」って訳語をつけちまったことから来てるみたいだ。

 

 

「新自由主義」っていうから、僕はてっきり、

戦後のリベラリズム全盛のときに、アダム・スミスらの古典的自由主義の復権を主張してた人たちのことと思ったんだけど・・・。

  

たとえば、ハイエクはすでに戦時中から、社会主義的民主主義=リベラリズム=全体主義を激しく批判していて、

1944年、『隷従への道』を出版している。

 

『隷従への道』という意味は、

政府が市場に恣意的な介入をするのを許したら、われらは、全体主義にいたる「隷従への道」を歩むことになる、ということである。

 

政府による、市場への介入は、拡大の一途をたどるのが宿命である、とハイエクはいう、そして、やがてそれは市場という自生的秩序を破壊しつくし、われらを全体主義へと導くことであろう、と。

 

ここでハイエクのいう「全体主義」というのは、あの、時代がかった、紋切り型の「全体主義」ではない。

ハイエクの「全体主義」は、民主主義のすぐ隣りに身を潜めている、あれである。

 

 

普通に暮らす人々は、まったく気づかないのだろうが、たとえば、「福祉国家」の理想を実現するために進められる諸政策が、

その一つひとつは別段、全体主義的でも、独裁主義的でもないのに、

それらすべてが寄り集まると、結果として、きわめて全体主義的な体制が、構築されてしまう・・・。

 

戦後の一時期において、労働党政権下のイギリスは、みずからの自由の伝統を葬り去ってしまい・・・・・・基幹産業の国有化、莫大な社会福祉と重税、インフレと生産性の低下、赤字財政、官僚主義・・・・・・と、「隷従への道」を邁進していたのであった。

 

・・・だから、この「隷従への道」を断ち切るために、政府による恣意的な介入を、けっして許さないよう、「法の支配」を確立しておかなければならない、とハイエクはいうのである。

 

 

1947年4月、ハイエクは、みずからと志を同じくする39人の自由主義者たちを、スイスのモン・ペルランに招待する。

ここに、「古典的自由」の復権、マルキシズム、ケインズ主義との闘争を目的として、モンペルラン協会が設立されたのであった。

 

この39人の中には、カール・ポパー、フォン・ミーゼス、ミルトン・フリードマンらもいた。

「新自由主義」=lebertarianism とは、モンペルラン協会に集まった自由主義者たちの思潮を、総称して、こういったのであった。

 

だから、「新自由主義」という、一貫した政治・経済思想が存在していたわけではない。方法論や思想において、異質な者たちもたくさんいたのだ。 

 

 

ところで、グリーンスパンの拡張的な金融政策の失敗をもって、「新自由主義の終焉」とかいうのは、やっぱり変だ!!

 

たしかに、フリードマンは、晩年には、グリーンスパンの金融政策を賞賛していたらしい。

けれども、フリードマンだけが、「新自由主義」ではない!!

 

ハイエクもフリードマンも、金融市場を律する公正なルールの必要については一致いたのだけれども、

フリードマンとは違って、ハイエクは、グリーンスパンのやったような、裁量的・拡張的な金融政策には、最後まで反対し続けた。

 

 

それに、そもそも、「新自由主義」とかいうと、何かのイズムのようだけれども、そういうわけではない。

すでに1990年頃までには、ケインズ経済学は、「新自由主義」のフリードマンらの経済学の特殊な場合として、吸収されてしまっていて、

だから、いまの世界経済というのは、

1.経済の動きは市場に委ね、政府は、市場が円滑に機能するように、公正なルールを整える。2.景気変動については、金融政策で対応する。

という、すぐれて「新自由主義」的・古典的自由主義的な経済原則にしたがっている。

 

 

モンペルラン協会が、libertarianismであって、liberalismでないのは、

すでに当時から、自由主義を意味するlilberalismという言葉には、社会主義的自由主義=修正自由主義=リベラリズムの悪臭がぷんぷん漂っていたので、

誤解を恐れて、わざわざlibertarianismという言葉を使ったのだった。

(ハイエクは、自分をlibertarianism とは、いわなかった。)

 

これに「新自由主義」の訳語をあてたのは、『隷従への道』の訳者の西山千明さんらしい。1970年代からのことで、「新自由主義」の語は、libertarianismの訳語として、その後、20年以上も定着してきていた。

 

 

ところが、2005年にだされた、ハーヴェイという人の本に、”A  Brief  History  of  Neoliberalism”というのがあるのだけど、このneoliberalismに、「新自由主義」の訳語をあてた人がいるそうなのだ。このneoliberalismという言葉には、グローバリズムとか、市場原理主義とかいったニュアンスがある。

 

neoliberalismとは、1.70年代に、チリのピノチエトの独裁政権で、フリードマンの弟子たち=Chicago Boys を迎えて行った、経済の自由化(?)、80年代における、2.イギリスのサッチャー政権の一連の経済政策(国営企業の民営化、規制緩和、社会保障制度の見直し、金融ビッグバンなど)、3.アメリカのレーガン政権の経済政策(規制緩和、大幅な減税、その他)などのことをいってるようだが、これが、90年代の、アメリカのクリントン政権以降、世界中に広められていったのだという話だ。

 

でもね、これって、それぞれが筋の違う経済政策を、一緒のneoleberalismってパッケージに詰めて出荷しちまった感じで、どうもすっきりしない。

ピノチェトの経済自由化にいたっては、前政権を引き継いで、銅山は国有化したまま、共産主義的な農地改革もそのままだったりで、どこまで本当に「自由化」したのか、疑わしいしね。

 

 

それにしても、neo・libralismだから、「新・自由主義」だっていうのも、かなり安易な訳語に思えるけど、少なくとも、西山さんに対しても、学会に対しても、誠意を欠く態度であるのはたしかだよね。先人に対する敬意ってものが、まったく感じられないよ。

  

この「誤訳?」・・・考えられるのは、ひとつは、モンペルラン協会のlibertarianismを知らなかった、あるいは、西山さんが「新自由主義」の訳語をあててることを知らなかった、無知であったことである。

 

いまひとつ、そんなこと百も承知で、わざわざ「新自由主義」と訳した可能性もあるように思う。

 

要するに、neoliberalismとは、librtarianismとは無関係か、せいぜいが、その派生物・庶子・できの悪い放蕩息子にすぎないのに、

これらを、「新自由主義」ということで一緒くたにして、

libertarianismの背後にある古典的自由主義・・・ヒューム、スミスから、バークを経てハイエクにまでいたる、正統な自由の系譜・・・をも、

すべてを台無しにしてしまおうという、すぐれて左翼的な魂胆なのであるにきまっている!! 

 

 

 どうやら、

いま、ここに生きる、僕たちにも、

モンペルラン協会(のようなもの)が、

必要であるらしい!!

カテゴリ: 政治も    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

報知新聞(西部)・詩のギャラリー④ ~ 『アルミ缶グラフィティ』より・・・。

2009/09/14 01:43

 

僕の詩集、『アルミ缶グラフィティ』には、

いくつかのメッセージが、潜り込ませてある、

と、まえのエントリで書いた。

 

この「新しい終わりが始まる」も、そのひとつである。

 

これは、9月6日、日曜日の報知の紙上ギャラリーからだが、

産経の5月23日の紙上ギャラリーにも載っている(9月7日のエントリで紹介)。

 

 

 

 

この詩の、「新しい終わり・・・」のところは、もう15年くらいまえに書いた。

だから、いまの政治経済とかの状況とは、まったくの無関係だ。

そういう解釈は、この詩を矮小化してしまう。

 

この詩にあるメッセージは、わかる人にはわかりすぎるほどに、わかるものだ。

でも、さっぱりわからないという人は、さっきいったように思い込んで、矮小化された意味に、受け取ってしまうのだろう。

 

 

 

 

 

この評論文は、せっかくなのだけれども、どうもピンとこない。

 

この詩には、いまも書いたように、僕からのメッセージが隠されているんであって、「人生訓」なんかでは、けっしてない。

 

それに、ほかの部分のことも、なにも取り立てて書くほどのことでもないように思う。

 

詩を書く人ならば、誰でも、いつでも、詩表現に全身全霊を注入しているはずだし、

詩の「全体の流れを自身の精神性と融合させ大切に表している」というのも、ごくあたりまえのことなんじゃあないのだろうか!?

 

僕は、ほかの人の書く詩は、それほど読んでるわけじゃあないので、よくわからないのだけれども、

ほかの人は、そうじゃあないんだろうか!? 

 

 

※報知新聞西部版の、僕の紙上ギャラリーは、HPでも見られる。

http://www.afn.jp/shop/5664/

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売) 

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

僕の言葉は、届いたのだろうか? ~”詩のギャラリー”に寄せられた手紙

2009/09/13 02:03

 

僕の言葉で・・・。

僕の想いは伝わったのだろうか!?

 

7月5日の報知新聞のギャラリーを見たといって、感想を送ってくれた人たちがいるそうだ。

ギャラリーのほうから、そのうちのいくつかを、送ってきてくれたので、ここで紹介させてほしい。

 

 ☆「祈り」

◎「”祈り”を読み、生きていく上で時が過ぎて自分がふっと理解できた感じがしたときそれまでのもやもやが嘘のように、でも、もやもやがあったから・・・と感じました」(大阪、29歳、女性)

◎「”祈り”を読んで見て人間は感情をコントロールできない、逆に人間でイイのかも?って、たいそうな考えを云う積もりも無いのですが・・・いい詩です」(宮崎、高校2年、男子)

 

 

 

 

 

☆「初夏の日差しが・・・」

◎「”初夏の日差しが・・・”を読んで何でもない日々に精一杯精進して回りを見て行きたいと思った。心の成長に限界はないのですから・・・とても励みになりました」(熊本、21歳、男子大学生)

 

 

 

 

☆これら、2篇を通じて

◎「(詩人の)発想、これまでの人生の中で見た事、様々な人間関係の複雑さがある種の人間の尊厳、時代性の感覚、世界観等をクロスオーバーされ、この詩が生まれたと個人的見解で感じた」(大阪市、22歳、女性)

◎「詩の中では言えるけど、心がこもってるか、そうでないかで相手に伝わる感じが違ってくると思います。(これらの)詩は微妙な差、を実に良く表しています」(大阪、24歳、会社員、女性)

◎「(これまでの報知の紙上ギャラリーの中で)今回の・・・2篇からは一種独特な衝撃的で激しいものを覚えた。今後共、人々の心が震撼するような現代詩の創造を期待いたします」(31歳、男性)

◎「最近わかってきたというか・・・じゃあ説明しなさいよと言われるとそれもまたできない。難しいんですよね。男って・でも、純粋な息を吹き込むことができると思います」(熊本、22歳、女子大学生)

 

 

僕は、自分の詩に、けっして言葉にはできないものを、言葉にしてきたつもりだ。

そういうものを、読んで、受け取ってくれた人が、なんとかして、それを言葉にしようとしてくれたように見える。

有り難いことだ

 

僕の詩については、若い人たちからの手紙などが、日に日に増えているってことだ。

僕が『アルミ缶グラフィティ』を出したとき、若い人たちへのメッセージも、潜り込ませておいたから、

10年して、ようやく、それが届いた、ってところだろうか? 

 

僕は、できることなら、言葉を介することなく、相手の心に直接、飛び込んでいくような、そんな詩が書きたい。

 

※僕の詩のギャラリーは、HPでも見られる。

http://www.afn.jp/shop/5664/

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売)

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(1)

報知新聞(西部)・詩のギャラリー③ ~ 『アルミ缶グラフィティ』より・・・。

2009/09/11 13:31

 

僕は、たまに詩は書いてきた。

 

でも、自分の書いた詩のうちで、どういうのが良くて、どういうのがそうでないのかとかは、皆目わかりはしない。

 

もっと、はっきりいえば、自分のどの詩が、人に喜んでもらえるか、どういうのを、みんなは読みたいと思ってるのかが、まったくピンとこないのだヨ。

 

この、報知新聞西部版の、7月5日の紙上ギャラリーにでた詩をみても、そんな気がしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祈り」は、敬虔な気持ちで、崇高な何かに祈りを捧げる、そういう内面を、言葉にしたかったのだけれども、途中でリズムが狂ってしまった。

ただ、産経の詩のギャラリー③(9月7日のエントリで紹介)にも載ったので、なんとなく、こういうのを選ぶのかな、という気はしたけど、

やっぱり、はじめ、産経の担当の人からいわれたときには、ビックリした。

 

「初夏の陽射しが・・・。」のほうは、「エッ!? これを載せるの!?」って感じだった。

こういう、なんていうか、「牧歌的」っていうか、そういうのは、いまは、あまり好まれないんじゃあないかって、勝手に思い込んでたから・・・。

 

もし編集者をやってたら、僕はきっと、失格だね!! 

 

※報知新聞の、僕の詩のギャラリーは、HPにも載ってる。

http://www.afn.jp/shop/5664/

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売)

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(1)

報知新聞(西部)・詩のギャラリー② ~ 『アルミ缶グラフィティ』より・・・。

2009/09/09 22:31

 

今日は、初夏の頃に出た、僕の、詩のギャラリーを紹介・・・。

6月7日、日曜日、報知新聞西部版に載ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「眠れぬ夜が眠っている」は、5月14日の、産経のギャラリーにも選ばれたもの。

この詩も、つぎの、「俺は愛をもっていた」も、そうだけれど、

僕としては、詩編の片隅に、ひっそりと、目立たないように、置いておいた、そういう作品だったので、

こういうのを、選んでくれるってのは、ほんとに、びっくりだ! 

 

 

ここでも、僕の詩についての評論コメントをつけてくれてるのだけれど、でも、「奥深い抽象イズムとかいって、はじめから意味が分からない。

べつに、なにかの「・・イズム」で、詩を書いてるわけじゃあないのだが、

たしかに、言葉が抽象的に過ぎる嫌いがあるのは、僕のひとつの癖のようなもので、なんとかしようと思ったこともあったけど、なんともならなかった。

 

「色濃い、深い独創性」とか、「独自の空間世界」とかいうのは、「はあ? そんなもんかな?」と、思うのだけれど、

やはり、どうも、僕の書くものは、ほかの人たちの書く詩とは、ちょっと違っているらしい。

でもまあ、表現する者というのは、だれであれ、「自分独自の空間」を築きあげようとするものだから、こういう「風変わり」も、許されるんじゃあないだろうか。

 

「全体の旋律に引き込まれそう」と書いてくれたのは、うれしくなってしまうところだ。

言葉のリズムという点は、僕がつねに、いちばん、気にかけ、意識していることだから!!

 

※HPでも、僕の詩のギャラリーは、見られる。

http://www.afn.jp/shop/5664/

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売) 

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

10年目の販促PR『アルミ缶グラフィティ』 ~ 『週刊ポスト』・9月7日発売号

2009/09/08 15:33

 

週刊ポスト、9月7日発売の今週号、

片隅に、小さく、

僕の詩集の販促PRが載った。

10年目の、販促PRだ。  

 

 

白黒で、ドットの関係もあって、見にくいけど、カラーのイメージだと、下の写真のようだ。

 

この詩集は、平成12年、西暦2000年の夏に出したものなので、ちょうど10年めになる。

 

処女詩集の『ばねがとびでた俺の心臓』が、たしか、平成8年、1996年に出したものだったと思う。

『ばね・心』のときは、いささかの野心もあって、多少のPRらしきこともしたけれど、

『アルミ缶グラフィティ』は、自分書いたものを、後に残す、ということがすべてで、それだけを願って本にした。

 

 

『アルミ缶グラフィティ』を出してから、もう10年目になる。

ここ何年かは、法学の執筆のほうに懸命だったし、

文藝評論は、『新現代詩』という詩誌で、細々と、地味に、やっていた。

 

 

今年になってから、ほうぼうから、むかしに書いた、この本について、話があったりして、少し、面食らってるところがある。

 

だから、「いまさら」という感じはあるけども、いずれにせよ、実に有り難いことである。

 

こんどの、週刊ポストのPRについても、まったく「寝耳に水?」という格好で、突然、決まったことだ。

 

 

僕の詩を読んで、いろいろと感じてくれたり、僕の詩を楽しみにしてくれたり、している人もいるらしいので、

 

1人でも、そういう人がいるうちは、僕も、もう一度、心と体と、魂とを削るようにして、いい詩を残さないといけないのだな、と思ったりしている、今日なのである。

 

 

それにしても、何度もいって、しつこいようだが、

ほんとうに、有り難いことである!!

 

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売)

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

産経・詩のギャラリー③ ~ 5.23、『アルミ缶グラフィティ』より・・・。

2009/09/07 14:01

 

70年代、10代の頃、THE  DOORS  のJIM  MORRISON が、僕のアイドルだったのは、そのとおりのことだ。

 

パリのある晴れた日に、ひとり、ホテルの一室で、意識が遠のき、死んでいくというのは、14、5のガキにとっては、すごくロマンティックに見えた。

 

ジムは、出入国のときに、自分の職業をPOET といってたらしく、そんなこと、僕もやってみたいな、とか思ってた。

 

 

そこで、5月2日土曜日の、産経新聞に載った、詩のギャラリーから、二篇を・・・。

 

 

 

 

 

 

この二篇は、僕の書いたもののうちでも、激しいほうのものだ。

産経の担当さんは、こういうのが好きらしい。「篠塚さんらしいものを」、っていってたから・・・。

 

論評もついてるけど・・・

 

 

 

なんだか、マスコミの人と話すと、「心の叫び」ばかりで、ちょっとうんざりしてしまう。

自分の内面を吐露するような詩を綴る人って、ほかにも、いくらもいるんじゃあないのか、と思うけど・・・。

それよりなにより、

僕の書く詩は、「叫ぶ」ようなものじゃあないと思うんだけどね。

僕には、「つぶやく」ようにしか、書けないんだよね。

 

 

※篠塚達徳『アルミ缶グラフィティ』(2000年、檸檬新社・発行、近代文藝社・発売)

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(1)

産経・詩のギャラリー② ~ 5.23、『アルミ缶グラフィティ』より・・・。

2009/09/07 02:04

 

気分を変えて・・・。

 

この春に、産経新聞・紙上ギャラリー(5月14日)に載った、僕の詩を紹介。

 

 

 

 

はじめに、二十代のころに書いたものを2つ。詩編、「ゼンマイ仕掛けの振り子の心臓」に収録してある。

 

 

 

 

 

 

 

産経の担当さん(担さん)は、「アルミ缶グラフィティ」(表題詩編、2000年ころのもの)が好みのようだ。「アルミ缶グラフィティ」から二篇。

 

 

 

 

この日(5月14日木曜日)のギャラリーには、僕の詩世界への、論評も載ったんだ。

 

 

ただし、ここに書かれたことについては、いくつか、いっておかなければいけないところがある。いろいろ、勘違いされてしまった部分もあるので・・・。

 

まず、なによりも、僕の書くものが、「病気を通して生死を見つめ」とか、「苦しみを乗り越えることで得られたひとつの悟り」とかいうのは、完全な勘違いだ。

 

2000年の『アルミ缶グラフィティ』に載せた詩は、ほとんどのものが、僕が病気になるまえに書いたものだ。

 

僕が難病に倒れたのは、平成6年、1994年のことだ。

たしかに、厚生省から難病指定されてる病気だったけど、なんとか死にぞこなって、退院後は、ほぼ普通に暮らせてる。月2回、通院してはいるけれどネ。

だから、闘病ってほどのこともない。ほんとに病と闘っている人に、申し訳ないので、これは書かせてもらう。

 

 

それと、僕が学生時代、澁澤龍彦さんの書かれたものを好んで読んでいたのは事実なのだけれども、

澁澤さんの作品と、僕の詩とは、何ひとつ関わりはない。

澁澤さんに影響されたのは、僕の評論文のほうだ。

二十代の頃に書いた論文とかを見ると、文体も、言葉遣いも、気恥ずかしくなるほど、瓜二つなんである。

といってもね、いま書いてるブログとかは、これはまた、別の考慮で書いてるので、違うけどね。

 

 

僕の書く詩についてなら、いちばん影響されたのは、萩原朔太郎と、アルチュール=ランボーだよ。

これは取材のときも話したのだけれどね・・・。

好きな詩人といえば、立原道造。それに、堀辰雄もね(詩人といってしまって、イイかはわからないけど)。

 

〇頁の行目の句読点まで、責任を持つってのは、堀辰雄がそんなだったらしいから、僕も自然と、そうなったんだね。

いまは、もっと、いい加減だけどさ・・・。

 

 

ところで、僕の書く詩を、ことさら、思想とか哲学とかいう人がいるのだけれども、

詩って、誰の書くのだって、そういうもんなんじゃあないの!? 

カテゴリ: 本・アート  > 書評    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(1)

「保守」って、いったい何を「保守」するのか!? ~ わが国の明日のために、その一

2009/09/04 13:20

 

「保守」とは、いったい何を保守するものか!? 
 

保守主義という政治思想は、いったいどんなものなのか!? 

「保守」というからには、何かを守ろうということなのだろうが、何を、何から守ろうというのか!?

 

そのへんが戦後のわが国では、どうも、あやふやにされてきたようである。

これには、戦後の、いわゆる「保守大合同」が、悪く影響している。

 

 

昭和30年(1955)の保守大合同は、左右両派社会党の統一に危機感を抱いた者たちが、当時の民主党と自由党の合同を実現させたものだが、

自由民主党の初代総裁が、鳩山一郎であることを見てもわかるように、正確には、「保守」勢力の大合同では、全くなかった。

それは、正しくいえば、「反ソ」大合同である。

 

ソ連の国際社会主義には、与しないという者たちが、ソ連の影響力を削ぐために、大合同したのであった。

 だから、自由民主党には、反ソの社会主義者、反ソの国体論者なんてのもいるのである。

 

 

けれども、結束を乱すわけにはいかない、なぜなら、ソ連の脅威は、「現在かつ明白の危険(いまそこにある危険)」だったから・・・。

それで、戦後の保守論壇の重鎮の、江藤淳さんも、

「保守主義にイデオロギーはありません」とかいって、お茶を濁してる。「イデオロギーがない--これが実は保守主義の要諦なのです。・・・・・・保守主義とは一言でいえば感覚なのです。更に言えばエスタブリッシュメントの感覚です」というのである(『保守とはなにか』19~22頁)。

 

 

あの、保守思想の中興の祖といわれる、エドマンド・バークも、現存秩序を破壊し尽くそうとする、凶暴なフランス革命の影響(イギリスにおけるフランス革命)から、祖国、大英帝国の国体と、伝統、イギリス国民の自由と権利を「死守」しようとしたのだし、

二十世紀の保守政治家、イギリスのチャーチルや、サッチャー、それに、レーガンアメリカ大統領も、悪の帝国ソ連の、左翼全体主義から、国家と国民を必死に守ろうとしたのであった。

 

では、わが国の保守思想とは、何だったのか!? 

明治保守思想とは、明らかに、フランス革命流の、凶暴な民主主義、民主政治の暴政から、わが国の国体と伝統とを「死守」しようとするものだったのであり、

ソ連が誕生してからは、ソ連の国際社会主義の侵略から、わが日本を「死守」してきたのであった。

 

「保守主義」が何かは、おのずと明らかである!!

 

 

「保守主義」というのは、全体主義・独裁主義の脅威から、その国の国体や、伝統文化、それに、政治的意味合いでは、立憲政体を守り抜こうという、そういう政治思想にほかならない。

 

わが国も、明治8年(1875)、「立憲政体樹立の詔」を発して、立憲政体を導入したのであった。

だから、戦前の保守政治家は、ソ連の魔の手から、わが国の立憲政体を死守するべく、闘い抜いたのであった。

 

 

ところが、戦後はどうなったかというと、保守大合同はあったものの、肝心の、「保守主義」とは何なのか、ということが、曖昧にすまされたまま、ずっときてしまった。

「保守主義」とは、「守旧主義」の別名であるかのように、両者は混同されてしまっている。

自民党内も、「保守政治家」によって純化されることはなく、いまだに、加藤紘一みたいな、みっともない、リベラルみたいのがいる有様である。

そんなだから、民主党の全体主義者たちと、闘うことすらできなかったのだ!! 

 

 

今度の衆院選の最中、自民党が、「民主党政権では社会主義になる」といったのは、認識としては完全に正しい。

けれども、自民党じたいが、保守政党としては純化されておらず、党内にリベラルを抱え込んだままだから、

その主張するところも、中途半端に留まった。

 

民主党から、「誹謗中傷が過ぎる」といわれると、ハイ、それまでよ、になってしまった。

「冷戦は終わった」と、マスコミに聞かされ続けてきた、国民も、「誹謗中傷」ということで納得してしまった。

「保守」は何と闘うか、何を守り抜くか、がきちんと整理されていないからだ!

 

 

今度の衆院選での自民党の敗北は、自民党にとっては不幸な出来事だが、日本国と国民にとっては、必ずしもそうではない。

自民党の保守政治家を含む、わが国の保守主義者は、この危機を、またとない好機にすりかえてしまわねばならない。

 

要するに、政治思想からいって純化された、真の意味での保守政党を、いまこそ築きあげるべきときなのである。

このことは、すでに何人もの論者が指摘しているところだ。

「自由党」でも、「保守党」でも、名前はどうでもイイ。

ただし、この際だから、自由民主党から、「民主」の名は葬り去っておかねばならないだろう。

もともと、絶対「民衆制・「民主主義」は、賞賛されるべきものではなく、その無軌道な暴走を抑制すべき対象でしかないのである。

 

 

兵頭二十八さんは、「立憲自由党」と名付けているようだ。

小沢や二階がつくった自由党と区別する意味では、たんに「自由党」としておくのより、いいかもしれない。

「立憲」と冠するのは、立憲政治を死守するという意味では、小沢らの「自由党」と、みずからを差別化できる。

 

民主党に合流した、旧「自由党」グループが、立憲政体をまったく尊重していない、むしろ、これを破壊し続けることで、民主党を政権の座につけたことからみても、

「立憲自由党」と名のることには、大きな意味がある。

 

 

「純化」というが、そんなことでは、議員の数が足りなくなる、なんて心配は無用だ。

小選挙区制では、今度の選挙でよくわかったように、

議員の数なんて、一瞬で増やせるんだから! 

 

「真の保守」の旗の下に、この指、と~まれ!!

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(0)

このつぎの一手は!?

2009/08/30 23:02

 

つぎの一手はなにか、

と、僕はいまそう考えている。

 

マスコミの大方の予想どおり、民主党は300議席を超える勢い、自民党の敗北は決したようだ。

 

 

けれど、僕たちは、けっして、悲観し、あるいは意気消沈したりする必要はない。

 

僕たちがしたかったことは、絶滅寸前の自民党の暖簾(のれん)を守り続けるとか、そんな、つまらぬことではなかったはずだから・・・。

 

 

「保守」の皮を被った、民主党の邪悪な全体主義者たちの群れから、わが国民の自由と権利を、栄光ある日本国の国体、伝統、文化を死守する・・・僕たちのしようとしたのは、そういうことだったはずだ!

 

つぎの一手は・・・僕はそう考えている。

 

いくら、民主党の全体主義者たちが、すぐさま共産主義独裁体制を築きあげたくて、しかたないのだとしても、

それまでには、まだいくつかのハードルがある。

 

 

自民党の大敗は、ただちに、僕たちの敗北を意味しはしない。

自民党という「政党」が消えてなくなったとしても、それだけなら、どおってことはない。

 

民主党の全体主義者たちの、プロパガンダとデマゴロギーとに、最後まで抗し続け、闘い抜いた者たちが、ここ(ネットの世界)にいたという、そのことが、

ひとつの事実として、強烈な意味を持つのである!!

 

 

いまは「乱世」だ。

たとえ衆議院の2/3の議席を確保できたとしても、民主党の消滅する日は、遠からず訪れよう。

 

つぎの闘いは、必ずやってくるはずだ!

 

それまでのあいだ、傷ついた翼を休め、英気を養うことにしようではないか!!

 

 

※ところで、小沢が、「自民党に投票しておいて、政治に文句を言う資格はない」と、暴言を吐いたそうだ。

いかにも、小沢が言いそうなことだが、

じゃあ、まえの衆院選で民主党に投票した人は、この4年間、まったく自公の政治に、文句はつけなかったんだったろうか!?

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 指定なし

コメント(0)  |  トラックバック(1)